7.戒厳令はない

AirBlue機内食.jpg 昨日午後、依然としてPIAのストが解けないので、AirBlueという別の飛行機でカラチに移動してきました。
 現在カラチシェラトンで、くつろいでいます。
 昨日は、空港から馴染みの宝石店に直行して、祇園のおかあさん用に買ったムガール王朝時代の掘り出し物ペンダントを帯留めに加工する依頼をしました。今日中に出来るかどうか難しいところなのですが、たぶん出来るでしょう。
 PIAのストは明日には解除されそうだとの情報がありますが、もし解除されなければ、インドの移動できず困ったことになります。その場合には、他の飛行機を探すか、または行く先をバンコックに変更するなどの方法を考えるつもりです。PIAのデリー便は月水土しか飛んでいませんから。

 昨夜深更、ムシャラフのテレビ演説を聴きました。昨日は早くから、普通は30チャンネル以上あるテレビが、2チャンネルほどになり、後はすべてno program avairableという表示のみになっていました。きっと、ムシャラフの演説を聴かすための処置だったのでしょう。
 演説は、ウルドー語で始まり、後半は英語に切り替わり、最後はウルドー語になって終わりました。パキスタンは、会話を含めて演説などを、英語とウルドー語を織り交ぜて行うのはごく普通のことです。かくかくしかじかである、とウルドー語で述べ、何故かといえば(ビコウズbecouse)とここからは英語になる、いう具合に。
 スピーチは4・50分にわたり、こうゆう処置をとらざるを得なかったのは、パキスタンのためを思ってのことである。さもなければ、自殺攻撃の頻発によってパキスタンの国自体が自殺に追い込まれる。私に時間をくださいと切々と訴える内容でした。
 デモクラシーを強調し、アブラハムリンカーの言葉を引用したりするものでしたが、英語もウルドー語も充分でないぼくには、すべてを聞き取れた訳ではありませんでした。

 先ほど息子とSkypeで交信し、お昼のNHKテレビニュースをSkypeを通して見ました。戒厳令とはいっても、軍がで出張っているのは国会議事堂周辺のみの用で、他はまったく平時と変わらないといえます。ここからちでも、ホテルの中も町の中も普通の日曜日の様子で、何も変わったことはありません。
サリームと直樹.jpg ディラン遠征隊のときからの知り合いのセイロンジュエリーの2代目のアシームの話では、戒厳令などはどこにも出ていないということです。どうやら少し誇張した話を鵜呑みにしての日本の報道だったのではないかと思います。
 要はアフガン国境のトライバルテリトリー、特にスワット渓谷沿いで展開している政府側の軍隊と外国からの過激派を含む原理主義者達との戦いを終結させるために、そして政治的な反対勢力と聖職者達の結集による混乱などを防ぐために緊急事態宣言が必要ということになったのでしょう。
 これらについてはまた後に書くことにします。 

ComentLetter.jpg 今朝食にレストランに行ってきました。朝食のブッフェはどうかと聞かれたので、ミニステーキが気に入っているけれど、今日のは少し固かったねといったら、
 「保温しているから、どうしても時間が経つと固くなってしまうんです。新しく焼いてお持ちしましょう」
 しばらくして、焼きたての大きめのミニステーキが運ばれてきました。これは、少しチップを置かないといけないかなと思っていたら、ボーイが紙と鉛筆をもってきて、コメントを書いてくれと言ってきました。
 11時に宝石店のアシームが、えらく早めに出来上がった依頼のものを持ってやって来ることになっているので、「部屋で書くよ」紙を預かりました。これでチップは必要なくなりました。
 でも書き出したら、結構長くなってB5一杯になってしまいました.

 明日のデリー便のコンファームも完了し、日本の友人の皆さんには心配をかけましたが、明日の9:55の便でデリーに向かう体制が整いました。