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連載を終えて

連載を終えてタイトル1.jpg「いやいやまあまあ」連載をおえて(京都新聞1980年10月15日)

予期しない反応が
 「いやいやまあまあ」などという、なんやらつかまえ所のないタイトルの連載が終わって、数えてみればまだ十日ほどなのに、なんだか、あれはもう、ずっと前のことのような気がしている。
 「大変だったでしょう」とねぎらってくれる人がいる。たしかに大変だったのがも知れないが、当の本人は、人が思うほど感じていなかったみたい。その「大変さ」が予想できる質のものであったからだと思う。もともと、人の物言いなどを気にしていたら、なんにも書けはしないのだ。
 とはいえ、全く予期しない反応は気になった。たとえば、あの連載に登場した一人の昔の生徒が、そこを読んでごはんも喉に通らなくなったそうだ。彼女の友人が、十何年ぶりかに電話をかけてきたついでに、チラリとそういう彼女の反応を伝えた。それを聞いたとたん、ぼくの胃がキリキリと痛みだし、約一週間、おかゆを食べる破目になったりした。ぼくは、出来るだけありのまま書こうとしてきたし、いってみれば、フィクションみたいなものを入れないことを心意気としている。そうした勝手ないきがりの当然の報いとしては、まだ軽い方だったのだろう。

だれかの首がとぶぞ
連載が始まってすぐ、「これはまた、何とも破天荒な企画や」と告げた人がいた。そういわれてみれば、ああした欄にああいったものが載ったのは全国でも、初めてのことらしかった。おまけに、書いている男が、ぼくのような、まあ山登りの世界ではちょっとは知られているといった程度のヤツだったのだから・・・。彼が後につづけて「だれかの首がとぶぞ」などといったのも、あながち思いつきの誇張でもなかったようだ。
 そうだとすれば、そこには、ぼくが自分を鼓舞する気もあって、「こんなもの」という顔をしていればいるほど、担当者たちのプレッシャーは強まるという図式があったといえるかも知れない。本当に大度だったと思う。
 だから、「いやいやまあまあ」に対するおほめやねぎらいの言葉は、まずおし戴いて頂いてから、次に京都新聞にお渡したい気持ちだ。特に、ぼくを見つ出し、書かせることにした人達に・・・。それにカットの山本容子さんを忘れてはならない。
 カットは、とにかくよかった。
 「いやあ、あれは、まず企画の勝利で、カットの素敵さだけでもってるんですよ」などとぼくがいってたのは、あながち通りいっぺんの謙遜ではない、けっこう本気だったといえる。 

連載を終えてカット1.jpgなぜ教育が問題か
 ところで、今日、どうして「教育」がそれほど問題となるのだろうか。
 この極めて高度に発達した現代産業社会では、家庭・学校・企業が、整然と配置されている。その分業的配置は、それ自体、一つの規律と規範を生みだしているといえるようだ。
 ところが、この現代社会自体が、先行き不安の材料となっている。世界各所に渦教派やテロ集団がひそみ、公害が発生し、エネルギーが残り少ないといわれ、株価が大変動し、ガス爆発が起こり、地震パニックがささやかれる。政治家は信用できない。
 全ては信用できない。カネだけはまあ信用できる。そうした、先の見えない、ちょうど、雪原で霧にまかれたみたいな状態に、ぼくたちはあるようだ。誰か、自信ありげな奴が、こっちだと叫べばつい尾いてゆきたくなる。いや、引き返すのが一番いいような気もする。
 山では、こうした時には、視界がきくまで、じっと待つのが、生きのびる唯一の方法なのだが、世の中、山みたいに単純ではない。こうした不安やイライラが、教育というか、「学校」に向けられるのだろう。ちょっとばかり、エラソにいわしてもらえば、今こそ「学校」は冷静さを要求されているのだろう。

女性論も書けそう
 これまでにぼくは人から、「山以外のものを書いてみませんか。たとえば、女性論などは・・・」などといわれることが、ままあった。で、ぼくは「いやあ、それは、まあ身体がいうこときかんようになってからの話ですよ」と答えていた。
 でも、この連載が済んだら、ちょっと気分が変わってきたようだ。結婚論や女性論も書けるぞ、という気になってきた。これは、実際に書くかどうかは別として、たいした収穫であったと思う。
 さて、かなり多くの人が、「どうして終わったのか」という、すぐには意味の取れないような質問を発した。ここに、明言すると、あれは予定通りの回数で終わったので、別に中断させられたのではない。ある手紙にあったように、どこかの圧力ではない。
 たしかに、ぼくとしても、いいたいことの半分も書けなかった、という気がしないでもない。
 <″いやいやまあまあ″が単行本となって日本全国にカムバックすることは百恵ちゃんのカムバックより確実無比のことと拝察いたしております。その時には是非加筆して下さいますよう・・・>と、ファンレターにはあった。
 いずれ、書き足して単行本にすることが、ちょうとしんどい気もしているけれど、「いやいやまあまあ」を愛読して下さった諸氏に感謝を示す方法だと考えてはいる。(府立桂高校教諭)

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